トップページ | 或阿呆の戯言

言の葉の力

人の学びの力を見るがよい。誰しも言葉を操り、語り合い、伝え合い、ミームを飛ばし合う。

その言葉は誰に教わった? あんなに習っても身に付かぬ英語を尻目に、日本語はいつの間にか覚えてしまっていた。正しいか正しくないか考える暇もなく使っていた。

簡単な言葉で簡単な事を伝えようと、話して話して話しても、伝わらない。どうしても伝わらない言葉を、叫んで叫んで叫んでも、届かない。どうしても届かない思いを、飛ばして飛ばして飛ばしても、響かない。

されど言葉以上に何をも持っていない。言葉以上に伝える手段が見つからない。こんなに無力な言葉が、唯ひとつの力であって、言葉に操られ、弄ばれ、苦しみ、叫ばされて、今日のこの日も暮れる。

社会(一)

人は誰しも、人に認められたい。

認められたいと云えば立派に聞こえるが、要するに目立ちたい、勝ちたい、一番になって誰よりも優秀でありたい。そうやって自分が生きていていゝと、生きている価値があると、思いたいのである。

けれど一番なんて誰もがなれるもんじゃない。一番は独りしか居ない。それが一番の定義だから。クラスで一番になるために三十九人に勝たなければならない。学年で一番になるには二百三十七人を押し退けねばならない。日本で一番になるには……。

誰もが一番になれる訳じゃない。たぶん日本で一番になるなんて宝くじよりも難しいに違いない。

負けて初めて身の丈を知る。日本で一番なんて不可能だ。会社で一番なんて困難すぎる。支店で一番もなかなか届かない。課内で一番も少しばかり欲張りかも知れない。

そうだな、やっぱり二人ぐらいの集団の中で一番になってやろう。あいつに勝てば己が一番。あいつに少しだけ勝ってやれば最優秀になれるんだ。何ならちっとばかし蹴落としてやってもいゝ。ほんの僅かな差で勝てる。たった二人ならば。

つまるところ、人は誰しも、人に認められたい。

或いはそれは人を蔑むことである。

隣のあの人を蔑んでは、この身の慰めとするのである。

ことほぎ

たゞ言寿ことほぎを届けたいばかりなれど、うことすら叶わぬならば、届く訳もなく、生まれし日の遠きことよ、祝うことの儚きことゝ心得たり……。

たかだか誕生の記念日など殊に意味などなかろうと笑ってもらえればいっそ清々しかろう。たゞし来年も同じく迎えられる保証のあればこそ笑える。何も変わっていない、変わっていないことが又つらい。変わってなければならないのに、命ばかり勝手に減っていくばかり。

別れの言葉、届かない。祝いの言葉、届かない。何も届かないまゝ闇夜に消えて、誰も目にすることない文字が綴られる。届いた所で何も変わらないかも知れないけれど。

あゝ何ゆえに今日も晴れている。いっそ雨に濡れて泣き叫んでしまえ。さすれば天より落ちる歌声に慰められるものを。

社会(二)

失う物のない人間は何も怖くない。怖いと思う理由さえ失ったが故に、何をも恐れる必要すらなく、故に何をも求めることがない。

そんな者に何を求めるも意味がない。借金を返してくれと求めても意味がない。返す元手がないのは勿論、返すことに意味がない。元より信用など持っていない。彼は何も怖くない。賠償請求しようにも何も持たざる者から何も取りようがない。故に何をも求めることができない。

たとい刑務所であろうと寧ろ喜んで入るのかも知れない。労せず三食にありつける。懲役、そんなもの糞食らえだ。何も怖くない。刑務所に置いてこゝ以上に何の罰があろう。懲罰房、寧ろ望む所。個室になって快適じゃないか。仮釈放が遠のくなどいっそ好ましい。故に何をも成そうとしない。

一旦、こゝまで落ちてしまえば、もうどうしようもない。どう踏ん張っても這い上がれない。這い上がる必要もない。悠々自適の人生が待っている。

その一歩手前、一抹の尊厳を持った人間が一番苦労をする。必死で働いて、しがみついて、それでも腹をすかして、雨露を凌ぐのにも苦労する。

落ちて悠々自適。尊厳を持って困窮。いずれもこの国に実在する。かなりの割合で。良いも悪いもない。たゞ眼前に存在するのに、尊厳を持った者が搾取され、開き直った者が糧を得ている。たゞそれだけの事である。往々にして、社会とは非道にある。

ことのは

彼らは一冊のノートで言葉を交わす。まるで往復書簡か交換日記か。けれど或時は返事がなく、或いは無視され放置されて、若しくは話題を転ぜられて、噛み合わない物語が綴られることも少なくない。会話ではない。物語と物語の、ぶつかり合い、すれ違い。ノートだけが知る彼らの言葉。

彼はこの無意味な関係性を断ち切りたいとノートに記した。ノートではなく直截に伝えようとしたけれど、やはりノートを用いるように指示されたが故に。今回は必ず返事をすると付け加えて。

返事があったと聞かされて、如何なるものであったか思案を巡らす。要するに断ち切ることに同意があったか、或いは継続を強いられるものであったか。成功ならばそれで良い。継続であれば、諦めるか、今一度の言葉を発するべきか。どうするべきか分からない。あれこれ悩む前にまず応えを知るが先であろう。

書かれた文字に成否はなかった。たゞ困惑していると、壊れてしまうのが怖いと、言葉が震えていた。言葉の向こうに側に、震える姿が透けて見えた。一か二か、そんな風に思案するは容易かろう。されど択一式の問題であろうとも、常にいずれかを選び取れるとは限らぬ。そんなことはずっと知っていたはずなのに、どうして一か二か選ばれるなどゝ思案していたのだろう。

しかして無力な言葉の向こうに無力に震える姿を見る。皆が震えて天を仰ぐ。叫びが天に呑まれる。


制作・著作/香倉外骨  2013/06/09初出
無断転載を禁じます。リンクはご自由にどうぞ。
Copyright © 2013 Kagura Gaikotsu. All rights reserved.