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墜天使

夜更け、この狭い研修所の一室で、 最終兵器彼女を読んでいると、涙が、 しかしそこに描かれる世界は現実では無いと、 横から声が聞こえて来たけれども、 僕にとって、イラクで死んで行く人と、 漫画の中で死んで行く人とに、 幾ばくかの違いがあるのだろうか。 その世に正義は無い。 崩壊する地球に於いて、 住むべき場所を失った人々は、 残された土地を目指してあふれ出し、 決して終わらぬ戦いと知りながら、 味方以外全てを敵として、 殺し合い、破壊し合い、目前に迫った終演、その時へ向かう。 彼を殺す事と、殺さず殺される事に、何か違いがあるのだろうか。 ……これからの天使には、可愛い堕落が訪れるのだ。

この小さな僕の部屋には、 結局は小さな回線だけで外と繋がれていて、 外と内は小さな力で互いに影響し合い、 でも大いなる力の前では本当に無力で、 だけどその大いなる力そのものも、 実は小さな力の結集に相違なく、 さりとて濁流はとゞまる所を知らずと見えて、 全てを押し流しつゝ、押し流されるに身を任せつゝ、 僕たちはこれから、どこに向かって進んで行くのだろうか。 例えば今さっき、この部屋に居た彼らは、 思えば問答無用の高学歴であった。 世の中には、殊に中途半端な学歴の者に限って、 人の学歴を気にすると見えて、 それならばいっそのこと、 名刺に載せてしまえばと思うのである。 人間なんて、肩書きでしか生きて行けないのだから。 外との回線が細すぎて、肩書きぐらいしか送信できないのだから。

僕にとって、君はそれだけしか無かった。 僕にとって、それは記号でしか無かった。 そう思っていたはずなのに、そう信じていたはずなのに、 だけどこの肉体の終演に向かって、 たゞ進んで行くだけの事に、 どうして天気予報が必要なのだろう。 その先に見える、想像上の世界に、 この想像であり想像でない現実を、重ねつゝ、 しかし涙は、確かに現実でしか無く、 しかし痛みは、おそらく現実でしか無く、 そうやって僕たちは、墜ちて行く。 どこまでも、いつまでも、どうしても。 ……これからの天使には、可愛い堕落が訪れるのだ。

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制作・著作/香倉外骨  Since 2003/04/28
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