雨に濡れて

― また同じ失敗をする。きっと、する。 ―


  2012/05/15 00:26 更新  
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誤月

捨四日

人生には何色にも染まらぬ、染められぬ所というのが確かにあって、或いは染まってしまえば楽なのに、どうしても弾いて浸透しない。

この人生を真っ更に巻き戻せるならば又違った生き方があったのかも知れない。一度死んで生まれ変わるならばより良い色に染め直せるのかも知れない。

違う、違う、違う! 巻き戻しても又同じ失敗をする。反省なんてない。全て巻き戻したら失敗も忘れてしまう。ならば又、同じ、同じ、同じ。

忘れちまったら意味が無い。覚えていたら動けない。

覚えていて対処できるならば今からだって出来るってもんだろ。戻したいと思っているのは、もうどうしようもないと信じ切っているから、知っては動けぬ袋小路だから。

信じる者は救われぬ。知っている者は動けない。巻き戻した所でやり直さない。また同じ失敗をする。きっと、する。

くそったれ。こんな俺など今朝見た悪夢みたいに掘られちまったらいゝ。後輩社員に犯されまくっちまえばいゝ。あひあひ、もう勘弁してと泣き叫んでも許してくれずに掘られて掘られて掘られまくって汗だくになりまくって肛門の擦り切れるまで掘られまくってしまえばいゝ。うん、もう掘られるしかない。掘られるぐらいしか人の役に立たない。嗚呼、お願いします、勃起してください、犯して下さい、この僕を使って下さい、せめて使ってやってください。この僕には穴があって、その穴ぐらいしか使い道がなくて、この空洞の奥底に風穴を欲しいと思っているのです。

人生を何色に染めれば果たして笑って死ねるのか。

人は死ぬ。きっと、死ぬ。まだ死んだことはないけれど。 [59482] web拍手する

捨参日

昨日買った新レンズを試してみたくて公園へ出掛ける。何枚か撮影。やはり慣れぬ画角であるも楽しい。中望遠につき、スナップとしては扱いにくいであろうと思いつゝ、これまでとは異なる窮屈な感じが、風景を切り取るようで心地良い。

今日は母の日らしい。夜イオンに寄ったら売り場があって気付いた。もう殆ど売れている。小さいのはない。二千円程度のは傷んだのばかり残っている。と思ったら四千円のが半額になっていた。これはお求めやすいお値段である。ちょっと買ってみるか。 [59462]


GF1, M.ZUIKO 45mm, 1/800s, F2.0, ISO100

捨弐日

ついに買ってしまった。衝動買い的に。M.ZUIKO DIGITAL 45mm F1.8である。又しても単焦点レンズを買ってしまった。ズームレンズの便利さに憧れて一本は要るとおもっておったのに結局は単焦点。またズームの便利さに焦がれることになるのであろう。

家で映画「ハプニング」を見た。

九日

登山という程ではない。山村の散策と言った程度である。気楽に道をぶらぶら歩く。

農道のような草むらの中を歩いている時、ちくと虫に刺されたような痛みを感じた。と思ったら激痛となって耐え切れずその場に倒れた。

余りの痛みに思考が沸騰する。足の裏から体内を虫が駆け巡る感覚。足を見るとぐにぐにと足の中を何かゞ蠢き、鮮やかに血が吹き出している。余りの痛みに痛みと感ずることすらできず、本当に生命の危機と思う。気が遠くなるのを感じながら救急車を呼んでくれと叫びながら気を失う。遠くで救急車のサイレン音を聞いた気がする……。

長く長く気絶していたように思う。気が付くと病院のベッドの上であった。はたと足を見る。両足の膝から下がない。なぜか金属の棒が代わりに付いている。どうやら切断されて義足を填められたようである。

医師が説明する。あゝ危ない所でした。非常に珍しい食中毒です。症例は十例程度しかありません。死亡例が極めて高く、助かったのは珍しい。何か生ものは食べませんでしたか。虫に刺された? それは幻覚でしょうね。余りの激痛のためにそう思ったのでしょう。

昼に食べた刺身定食の所為だろうか。山で刺身など食べるべきではなかったと激しく後悔しつゝ、身づからの足を眺めて、リハビリに励まないといけないな、と思った。

そう思った所で朝が来て、目が覚めた。何とも言えぬ陰鬱とした気持ちで出勤する。義足ではなく生身の足で歩いて。 [59388]

六日

お、隣の家が売りに出とる。

四日

三日の朝に出発する。案の定の渋滞である。東名に入ると渋滞二十キロ。弐時間ぐらいかゝる。事故も方々で起きていて渋滞に拍車を掛ける。新東名に入る。なるほど素晴らしいけれど、噂の猪瀬ポールが乱立に、なんでこうなったと誰しも思うであろう。

さて、かくして静岡に潜入したるは、茅原実里がライブに参戦するためであって、いそいそと会場とて静岡市民文化会館に侵入する。やはりそこには漢が居た。剛の者、業の者たちが溢れていた。その熱気に圧倒されるばかりである。是非、我らが茅原実里を紅白歌合戦に……。

翌四日は帰宅の途を急ぐために一箇所のみ寄り道して帰る。静岡珍スポットとして有名なドラえもん神社である。特にドラえもんに縁もゆかりもないようだが、本殿の横に立派な石像が居る。必見である。 [59313]

富知六所浅間神社
GF1, LUMIX G 20mm, 1/1000s, F1.8, ISO100

死月

弐捨九日

どんなに豊かになっても、当たり前に豊かさが続くと満足しなくなる。不満ではない。されど幸福とは感ぜられなくなってしまう。

悩みもまた同様であって、如何に切なく狂おしい情況に陥っても、当然と日常に溶け込んでしまうと、不満ではなくなってしまう。即ちその不幸を感ぜられなくなってしまって、いわゆる不感症に似た症状であろう。

何が幸福で何に不満を持てばよいのか、それすら分からなくなる今日この頃。 [59187]

弐捨弐日

何か益々ダメ人間化しとる気がする。どんどん思考が負の方向を向いて、伴い行動も負になってしまう。所詮、生まれ持っての引きこもり気質なのだろう。

付録目当てに「電撃文庫MAGAZINE」五月号を購入する。俺の妹トランプが付いてくるんだから買うっきゃない。 [59038]

捨五日

伏見つかさ「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」第十巻を読んだ。あかん、面白い。相も変わらずニヤニヤしながら読んでしまう。それより、どんだけモテるだよ、主人公。

作中コトブキヤのガラスケースが超ブキヤケースとして紹介されておった。ちょっと調べてみようと「ちょうぶき」ぐらいまで打ち込んだ所で、件の超ブキヤケースが変換候補に表示された。Google日本語入力、マジパネェ。

あやせたん可愛い。けど、やっぱり桐乃きりりん推しの香倉外骨であった。 [58892 ]

八日

久々に追い詰められた感じの壱週間であった。 [58717]

壱日

Aokigahara Suicide Forestなる映像作品がある。富士の樹海を早野梓が散策し、自殺の痕跡を追う。

ふと見かけたテント生活者に語りかける姿が印象的である。助けるでもなく、押し付けるでもなく、大丈夫ですか、ゆっくり考えて下さい、とだけ言い残して去る。

そう、ゆっくり考えることすらできない。考える間もなく朝が来て、かくあるべきと社会生活がどんどん予定を組み立てる。考える必要がなければ楽なはずなのに、どうしてこう生きることがつらく感じてしまうのだろう。なるほど、まずはゆっくり考えてみる時間が欲しい。 [58558]

参月

弐捨七日

剃刀かみそりが発明される前、人の髭は伸ばし放題だったのだろう。別にそれはそれで悪くない。

耳かきがない時代、人は指を耳に突っ込んで耳糞をほじっておったのだろう。今でもまあ指で充分である。

爪切のない時代、人の爪は伸ばし放題だったか。さすがにそれは不便だろう危険だろう。ちょっと伸びたゞけで引っ掛かり或いは欠けたりしてしまうってのに。如何にして削っておったのか、ひょっとすると日常生活で摩耗していたのか。

けだし猫も日頃より研いでおるのだから、やっぱり人もがりがり研いでおったのだろうな。 [58455]

弐捨六日

爪を切る。爪は風呂あがりに切るのがいゝ。でも調子に乗って切り過ぎると後で痛い目に遭う。

爪を切る。面倒くさい。ちょっとばかし伸びた所で邪魔にゃならんが、ふとした拍子に引っ掛かったり割れたりしてしまう。

爪を切る。何にもしてないのに、ちっとも前進しておらぬのに、爪の野郎だけは黙ってゝも伸びやがる。こんちくしょう、先に独りで伸びやがって、置いてきぼりにしやがって、勝手に進みやがって、素知らぬ顔でどんどん離れて行きやがる。

爪を切る。切ってゴミ箱にほかす。明日は燃えるゴミの日だ。朝になればパッカー車が運び去ってゆくであろう。あっという間に燃えて先に天に昇って逝く。

即ち爪は、後で生まれて、勝手に成長して、先に進んで、独り去る。

今宵も独り、爪を切る。 [58434]

弐捨五日

どうしたら、涙が流れて呉れる。

いっそ泣いてしまいたいのに、出てくるのは笑い声だけか。笑っても笑っても満たされぬ。

喉が渇くほどに泣いてしまえば、いっそ全て流れてすっきりできると思う。だから泣きたい。涙が飛び散る程に泣きわめきたい。

なのに乾いた笑いだけが響いている。この瞳は泣くことさえ忘れてしまったのだろうか。

寧ろ泣きたいと思うこと自体が罪なのかも知れぬ。逃げ出すことを許してくれない。苦しんで苦しんでそれでも耐えてみせろと天が言っているのだ。

晴れているのに、急に雨が降る。 [58415]

弐捨日

久しぶりにSimutransに熱中する今日この頃。 [58325]

捨五日

今朝の朝日新聞を開いて目を疑った。読売巨人軍が入団契約金を超過していたとか何とか、どうでもいゝクソ情報を一面トップで報じていたのである。クソ新聞だな、全く。本当にどうでもいゝ情報を朝から大々的に教えてくれたもんである。寧ろ何か隠したい出来事でもあったのかと思うほどに不自然で無意味な報道である。マスゴミこゝに極まれり。 [58217]

捨四日

死にたくない。死にたくない。

頭が痛い。頭が。

熊野本宮大社に六角形のピースポールが立っている。世界人類が平和でありますように。白い白い見慣れた文字が踊っている。もはや風景に溶け込んで気付かないぐらい洗脳されている。

大斎原おおゆのはら、日本一が大鳥居の麓に銀色に輝く大ピースポールがある。ステンレス製と思しき六角形のピースポール。世界人類が平和でありますように。

世界人類が平和であることは、まあ、悪いことじゃない。

尤も誰が何を平和と呼ぶか。

兎も角、今日は頭が痛い。 [58194]

七日

宝くじに外れる夢を見た。何も夢の中で落胆する必要もないのに。

面倒なおばちゃんに絡まれ、たかられる夢を見た。何も夢の中で腹が立つ必要もないのに。

かくして同僚に慰められる夢を見た。夢の中でため息つく必要もないのに。

余りに腹が立って落ち込んで、眠っておられず目が覚めた。こんな眠りは必要なのだろうか。不快で後味悪い夢だけが心に残る。 [58048]

六日

さくらインターネットへの支払いをさくっと済ませる。移転も順調に稼動している。とんでもなく安いもんである。ドメイン管理料より安いんだから凄い。

あゝ、どうでもいゝけど、近頃の西野カナが痩せ過ぎで気になる。一昔前のむっちりした感じの方が好きだったのに。いや、まあ、今でも充分可愛いけど。 [58021]

四日

やねうらお氏の『そろそろ死にたくなってきた人に捧げる雑文』を読んで驚いた。近頃の小学校では掛け算に順序があるらしい。

簡単に言えば、小学校で「リンゴが3個置かれた皿が5枚ある。リンゴは全部で何個か」という問題が出題されて、「式:5×3=15 答:15個」と書いたら先生にバツをされた、先生の用意していた正解は「式:3×5=15 答:15個」だというものだ。

確かにこんなことで不正解にされたら死にたくなる。この減点の所為で百点満点が九十五点にされたら死んでも死に切れない。こんな指導をする教師こそ死んでしまえばいゝ。

が、やなうらお先生はそれで誰も死ぬ必要がないと説いてくださる。なるほど減点されようと納得できぬでも、正解は自分が知っていて、それは誰も変えられない。人類が滅びてもリンゴは十五個あることに相違ないと。

まあ確かに掛け算にも流儀ってのはあるだろう。画面の解像度は誰だって「縦×横」で表記する。社会的にはその程度の流儀があっても仕方ない。だったら算数にだってそうかも知れない。社会のルールを教えるのが小学校ならば、それもまた教育なのかも知れない。即ち社会が理不尽であることを小学校から教えている。何と夢のある教育方針だ。

あゝ、だったら、どうしてもっと僕に、あれやこれや、大切なことを教えて呉れなかった。小学校でも中学校でも、ちっとも教えて呉れなかった。

こんなにも間違った道に入って迷子になっている。いっそ死んでしまえば楽になるのか。

お願いです、正解を教えて下さい。正解が分からない。戻れない。間違いは分かるのに。

リンゴを下さい。甘い甘い知恵の実を。

[57971] ※サーバー移転(さくらインターネットへ)

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『雨に濡れて』 制作・著作/香倉外骨  2003/01/09初出  #59589
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