雨に濡れて

― 追い詰められた人が、人がどうなるか、あなたは知っているか? ―


  2010/03/09 00:55 更新  
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参月

八日

朝、抜糸する。これで一応完了。締めて六千三百四十円の支払いであった故、思いのほか、安くついた。

さすがに捨壱時まで会社におると時間がない。 [45851] web拍手する

七日

久しぶりに日がな一日、家にこもっておった。茅原実里のライブ映像を見た後は、積ん読より一冊取り出し手に取ったが最後、読み終わるまで一気に一日を潰してしまった。

小川一水「老ヴォールの惑星」は四作を収めた中篇集である。どれも読み易かったが、特に『ギャルナフカの迷宮』が面白い。確かに長篇には向かない突拍子もない設定であり、また登場人物も青臭くあるけれど、そこに描かれた人の生き様は共感したい。尤もこれほどの極限状態でなければ人は手を取り合わないのかも知れないな。そう思うと却って虚しくもある。 [45837]

六日

先週は興味ももいのに雪国へ。それでも四百枚ばかり写真を撮ったのだから、それなりに楽しんだと云って良かろう。尤も抗生物質とビールの飲み合わせが悪かったのか、始終頭が痛くて苦しんでいた。

永松潔「テツぼん」を読んだ。帯に書かれた「鉄ヲタが世界を救う……!?」が全てを物語っているかも知れない。鉄ヲタが二世議員となって活躍するという設定で、意外と硬派な内容である。読み応え充分と云えよう。真実味は薄いけれど楽しい漫画である。 [45823]

如月

弐捨六日

休日出勤の代休消化も兼ねて皮膚科へ。正午前、ベッドに寝かされ女医が来る。やっぱり女医はえゝなあ、と思いつゝ切除開始。麻酔が効いているので全く痛みがない。少しは痛くないとかえって不気味である。先生、独り言が多い。神経質な人なら不安を誘う言葉を連発する。縦に切るか横に切るか尋ねられても困る。血でちゃうかな、と可愛く云われても反応できません。

何だかんだと壱時間ほど掛かって終了。思ったより大ごとであった。その割に支払いは五千六百七十円と安かった。 [45714]

弐捨日

捨八日、予約していた茅原実里「Sing All Love」(ブルーレイディスク付)が家に届いていた。初回限定版の付録は、単品で出てもおかしくないライブビデオで、これはお得と云えよう。

さて今朝は九時に起床した。休みに午前中より起き出すなど我ながら奇跡と思う。これも同僚が医者に行けとうるさいからであって、朝ごはんも食べずに皮膚科に行く。やはり混んでいて昼まで待たされる。

で女医が一見して、良性ですので切り取れば元通りと。外科の先生を知っていればそこで切手もらってくださいと云われるものゝ、知る訳ないのでそこで予約して帰る。いや待てよ、外科を勧めるぐらいだからひょっとして腕に自信ないのか、と思うも後の祭り、とりあえず予約時間の書かれた紙切れには「下顎部粉瘤切除術」の文字があった。思ったより大ごとのようである。 [45636]

捨五日

既に今年も三回の結婚披露宴に誘われた。また金が掛かるな。エンゲル係数より(人の)結婚費用係数の方が高いんではあるまいか。祝い事とは見返りを求めるものではない。とは強気で云ってはおるが、月に二度も遠方の式に出掛けるとなると、月収の殆どがそこに費やされてしまう訳で、何となく遣る瀬無い心持ちになる。

しかし昨日のO君からの誘いの電話は面白かったな。急で悪いんやけどと土曜の朝という微妙な時間設定で誘ってきやがる。急やから押さえられなかったと。てっきり急ぐから孕ませたかと思ったけれどそうでもなく、たゞ二十代の内にと思ったからゝしい。何とも女々しい。で云うには招待状の発注枚数を間違ったからコピーでえゝかと問うのである。構わないが早くもつまずき過ぎ。人ごとながら先が思いやられる。 [45561]

捨四日

どうして携帯なんてものが発達したのだろう。そんなもんがある所為で、いつでも連絡が取れてしまう。取らねばならん使命に駆られてしまう。そんなにも人は人を求めるか。こんなにも余は、人を求めるか。

くそ。こんなもんがある所為で、この感情を伝えてしまう。こらえているとそれ自体が不安を誘うに違いない。

「ありがとう。返事くれんかと思った。ありがとう、ありがとう。」

「ごめん。返事せんとこって思ったから。余計に苦しめることしか言えんと思ったから。」

机に突っ伏して、泣いた。誰に隠れるでもなく、独り泣き続けた。どうして余は、そなたは、こんなにも脆く弱い。

小川一水「天涯の砦」を読んだ。大島君の自己嫌悪が痛々しく余を責め立てる。彼に対する換言はさも余に対するものゝ如く心に響く。しばらく小川一水に心酔する予感。 [45543]

捨参日

昼から半日だけ仕事。会議の端に座っているだけ。君と…。

帰りにちょっとばかり喫茶店に寄って別れる。

どうしてこうなったと自問しても詮無いこと、いくど思い繰り返した。

我儘に問い詰めた所で、そなたを苦しめるだけで、そなたが苦しんでいると思い巡らす分だけ、余が苦しむ。

この負の連鎖より抜け出せない。抜け出せる見込みがない。見込みがないことが、更に我らを追い詰める。追い詰められた人が、人がどうなるか、あなたは知っているか?

炉心融解なる歌がある。リンが歌う。「核融合炉にさ、飛び込んでみたいと思う」と歌う。飛び込んでみたら、どうなるのだろう。どうなるか教えて欲しい。たぶん伝えることができないぐらい真っ白に、融けてしまうのだろう。何もかも真っ白に。存在そのものが素から無であったかの如く。

まるで全てから逃げ出すようように、独り漫画喫茶で狭い空間に住まう。オニオンスープの温もりだけが喉を潤す。

久保ミツロウ「モテキ」を読む。恋にドヘタレな草食系男子二十九歳にモテ期襲来、の惹句におもしろおかしい物語かと思ったのに、痛烈であった。モテ期が来たと思わねばやってられない故にそう信じて、でもやっぱりヘタレで、傷ついて、優しくて、傷つけて、涙が溢れる。

そんなにも余に逃げるなと、漫画まで余に苦しめと責め立てるのか。これ以上にどうすべきか、余がどうすべきか、あなたは知っているか? [45503]

捨壱日

昨日は社長と飲み会。なんだこれは。

吉田基已「夏の前日」第一巻を読んだ。相変わらず吉田基已は、心の中に隠している人の内面をずばり描いて見せる。だから痛々しく、それでいて優しく微笑ましい物語になるのだろう。しかし名作「恋風」とは違って、どうして二人が好きになったのか、たゞ一目惚れなのか、よく分からない。どうも浅はかにしか感ぜられぬ。浅はかなのは現実だけで充分なのに。 [45474]

八日

会社のプリウスで出掛ける。これまでにも幾度か乗ったけれど、ブレーキうんぬん云われると怖く感ずる。気分とは容易く変わるものだ。いずれにせよブレーキは運転する上で一番に完璧であって欲しい装置に異論あるまい。

尤もこのプリウスは買ってから凡そ壱年が経とうしている。今問題の新型ではないゆえ問題はあるまい。あるまいが心配なのはそういう問題ではない。

少なくとも一万九千キロを実走済であるので不安がる必要はないだろう。よう乗っているもんだ。このペースならば五年で十万キロを超える。

燃費は良いとしても運転感覚はむずがゆい。特に発車時のアクセルに対するレスポンスが悪い。追い越しでの加速がぬるい。特に同じペースでペダルを踏んでいるのに、バッテリーが減ったのか、急にエンジンが唸りだす。このエンジンと隔離された不安感は、何度運転しても慣れない。 [45426]

ナノ化

今日の日記をしたためようと「なのか」と入れたらば「ナノ化」と変換されてしまった。さすが我がGoogle日本語入力様である。の予測は一万光年先を行っている。

日本橋に車で出かけた。工事渋滞に出くわして予定より壱時間も遅れた。気を取り直しタイムズ百円パーキンに駐車して散策する。この所は日本橋もずいぶん俗に落ちて、アベックは勿論、親子連れまで居る始末である。幼子に「何でもあるやろ」と我知りたる顔で語る中年は痛い。なるほど種類は変わったけれど痛い街であることに変わりはない。

しばし散策の後、帰る段となり、精算機に駐車料金を投入する。確かに料金を入れた。確かにストッパーの降りる機械音が聞こえた。かゝれど何ゆえか、我がヴィッツ号のストッパーが上がったまゝである。一瞬呆然とし、はたと気付く。駐車位置をば表す番号、六と九を誤ったのでは……。見ればあちらが出庫できる状態になっておる。見も知らぬ者の駐車料金を払ってしまうとは、一期一会を通り越して虚し過ぎる出会いと別れであるまいか。情けない。何よりも情けないのは、帰り道でずっと勿体無いと思い続ける、余の小さゝであって、げに情けない。

もうすぐゲーム「A列車で行こう9」が発売される。これは買わねばなるまいと思いしかば、問題は要求スペックの高さであって、余のマシンの必須環境の瀬戸際にあり、快適な動作は難しいと思わるゝ。発売元にビューワとて閲覧試験が為の一式を見つけたので、さっそくインストールしてみる。これは重い。予想以上に重い。遅れてカクカクと動く映像に萎える。とてもゲームどころではない。これではしばらく手を出せないな。 [45409]

六日

黄幢はたを立てよ! 卑弥呼の大旗を! 妾はまだ倒れてはおらん!」彌与みよ

小川一水「時砂の王」を一息に読んだ。

久々の衝撃を味わった。これほどまでに美しくも哀しく、儚くも力強い小説に出会ったのは、いつ以来であろう。これだからSFは辞められぬ。

もはやSFである必然性はない。その純然たる情感の溢れと、往復二十万年の時空を超える憂いに、たゞ圧倒されるばかり。

その絶望的な戦いを、勝利のために犠牲を厭わぬ戦いを、幾度も繰り返した疲れ、もう二度と会えぬ苦しみ、そして守りきれない不安。正義とは何か、救助とは何か、人類とは何か。

全ての奔流を受け止めた王と、新たな未来を築こうという女王とが、出会い、切り開き、そして死んでいく物語である。 [45397]

弐日

エロに対する人の欲求は飽くことを知らない。

エロに対する表現の素直さは留まるところを知らない。

もはや正しいとか正しくないとは問うことは正しくないのだろう。「その薄さは僅か0.02mm。同社のこれまでの最薄コンドームと比較すると1/3の厚みが削れ、数値だけを見れば従来の1.33倍の快感が得られる」などと云われゝばぐうの音も出ない。

説得力があるような無いような、全く無意味な計算である。 [45342]

壱日

自意識とは何か。

人はなぜ自己を認識しうるのか。自己を認識し、他人と区別して、欲求を満たそうとする。死の恐怖は単純な痛みに由来するにあらず、多くの場合、自意識が消えてしまうことに起因する。自意識、それが何に役に立つというのか。

高度な自律行動のために自意識が必要かというと、そうとも限らない。我々の殆どの行動は無意識下に実行される。呼吸、視覚、反応が高度に自動化されているからこそ、我々は自由に歩いて回れる。真っ直ぐ歩く時に、体重移動により均衡を保つことなど意識しない。目の前の石ころを避けるのに、足を何メートル上げてどうするかなど意識しない。飛んできたボールを受け取るのに、寧ろ何もかも意識していては受け止められない。

より内面的な計算処理にしてもそうだろう。筆算のように、表記方法によって計算が容易くなるのは、我々は計算すら感覚的に、即ち無意識下に実行しているのである。

或いは高度な社会構築のために自意識が必要かというと、そうとも限らない。しばしば例に挙げられるように、アリは単純な規律によって行動しながら、驚くべき社会を構築する。シロアリは、尤もシロアリはアリよりもゴキブリに近いらしいが、その圧倒的な緻密さと強固さで優に五メートルを超える構造物を組み上げる。

しからば自意識とは何か。

自意識とは一種のシミュレーターではあるまいか。脳が生み出す仮想空間で自身を動かす。そこで行動予測を図るためのシミュレーターではないか。

私は自意識の中であれこれ思う。次はこうしてみてはどうだろうか。あゝ云われたらこう云い返そう。そうやって行動をシミュレーションすることで、より良い行動を生み出そうとしている。

現に自意識は脳の上に構築された仮想体である故に、その実行速度はかなり遅い。実際に走るより、走る手順を逐一意識することの方が遥かに遅い。遅い脳をフル稼働してシミュレートする。それでも現実には追いつかない。

寧ろ自意識は反省の為にあると云える。実際に行動した結果を評価し、反省し、脳内にイメージとして再構築し、そのイメージを動かしてシミュレートする。そうしてその欠点を正し、より良い行動へと結びつける。より良い行動になるように反復練習する。無意識下で動けるまで練習する。換言すれば意識している内は正しく動けていないのである。

眉唾物の研究報告に、認識とは行動の後にやって来る、というのがある。熱いものを触ると手を引くというような生理作用は反射と呼ばれる。反射は無意識下に生ずる。そして生じた結果は認識できる。実は人間の行動はすべからく反射であって、その行動に至る思考であるとか認識であるとか意識であるとかは、皆あとからやってくるというのだ。即ち結果に対して自己解釈し、意識しているに過ぎず、それを自意識が選択した結果と思い込んでいるだけだというのだ。

確かに脳の処理速度では現実の問題を認識しているいとまはない。例えば被験者に色つきカードを見せて同じ色の旗を上げさせるとする。脳を計測したところ、脳の自意識と思しき部位が活性化する前に、もう旗を上げようと手が動き始めるのである。

行動後認識。これが自意識であるまいか。しからば自意識があらずとも高度な行動ができることも納得できよう。されど自意識によって反省し、非現実をシミュレートし、それを現実に引き込む力こそ、自意識の力である。

尤も非現実にループして抜け出せなくなると、或いは自意識の内に囚われてしまうのかも知れない。 [45325]

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『雨に濡れて』 制作・著作/香倉外骨  2003/01/09初出  #45886
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