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正義のカタチ

虚構新聞は嘘ニュースばかり流しているのでこれも虚構記事に当たるのであろう、けれど「裁判員やりたくない、ついに98%」なる記事の何と示唆に富んでいることよ。つまり「裁判員制度には賛成だけれど裁判員はやりたくない」とは、あながち見当違いな主張ではなかろう。確かに誰しもこういう考えを持ちがちだと思う。

けだし何と無責任な考え方と思わないか。裁判員などやりたくない、そんな面倒なことは、責任の重いことは自分ではやりたくない、と云っておきながら、自分以外の誰かゞ裁判員をやってくれるなら裁判員制度に諸手を挙げて賛成だと、あゝ勝手こゝに極まれり。

正義のカタチは、いつもあやふやで身勝手である。

正という漢字は一と止を組み合わせた会意文字であり、この止は足の象形文字であって足がじっと留まっていることを表している。故に一本まっすぐに足が向いていれば正と云うべきであって、つまり合理的であれば良いのだろう、その方向性は関係ない。首尾一貫しておればたとい悪魔的な発想であっても、或意味で「正」に相違あるまい。正が善とは限らぬ。悪であっても正しければ正。

しかるあいだ少年は、守るべき者を守ることを正義と信じていた。その為ならば敵をば殺すこと厭わぬと。されど彼の守るべき者は誰であったか。己を守る為に親をも殺すか、家族を守る為に隣人をも殺すか、国家を守る為に隣国をも殺すか。或いは世界を守る為に自身を殺すべきと。

勝てば官軍負ければ賊軍とは、なるほどそれは正義の一つの形ざまであろうよ。正義を押し切った者が正義となり、大声で叫んだ者が正義を押し切ることができ、実際のところ優しくない者だけが物事を推し進めることができるのである。

……しかし「犠牲の上に成り立つ正義など正義の風上にも置けぬ!」と少女の心の奥で弾けるものがあった。理想、いや夢想とまで云われようとも、須く皆を救うべしと、さもなければ正義でも何でもないと。

漫画「フェイト/ステイナイト」において、騎士王の曰く「違う。私がシロウに従うのは彼の理想に共感したからだ。あれはかつて私が追い求めた夢。私にはたどり着けなかったその道の行く末を示してくれるというのなら――私はシロウのためにこの剣を振るおう!」と。

仲間に裏切られたかつての騎士王に、少女は、そんなのは嘘だと云いたかった。戦って、敵を討ち取って、皆の為に尽くしたのに、結局は裏切られるなんて、そんなのは嘘だと。だけど一人も犠牲にせず全てを救うと云ったシロウも、やっぱり自分を犠牲にしている時点で、やっぱり嘘なんだと。

民主々義は主義である、正しいも正しくないもない、主義とは一つの立場のことなのだから。

身分制度は制度である、正しいも正しくないもない、制度とは社会の決まりのことなのだから。

人種差別は差別である、正しいも正しくないもない、差別とは道徳としてのけじめなのだから。

たぶん少年は助けたはずの仲間から裏切られてしまうのだろう。そして少女は、誰一人助けることもできぬ内に自滅してしまうのだろう。そんな少年少女を、大人は馬鹿な子供と笑うばかり。

正義の名にし負う行為に、あに中庸なる道を進んだ試しがあったであろうか。


制作・著作/香倉外骨  2008/05/07初出
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