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天命

天から役目なしに降ろされた物はひとつもない。アイヌのことわざ

たとい私に役目があったとしても、それを自覚しているかどうかは無関係である。寧ろ知らぬ方が恣意的にならぬが故に、本来の役目を素直に果たせるに違いない。

例えば私の役目が人を不幸にすることだとしたら。そう、何かしら訳があって、世界の調和を図るために、一部の不幸を生み出す必要があり、その任を私が背負っていたとしたら、どうだろう。とてもそれを知って生きて行けない。いっそ天に逆らって人を幸せにしようと思うかも知れない。尤も世界の調和と人の不幸とを天秤に掛けるなど厚かましいことなのだけれど。

人を不幸にすることはそれ自体、不幸な役柄であって、幾ら立派な役目と云われても、はいそうですかと納得できる所ではない。人を不幸にすることゝ、それを役目とすることの、いったいどちらが良いかなんて、誰にも分からない。

ならばいっそ、こんな役割なんぞ破棄してしまえ。不幸の連鎖を生み出してまで調和を保たねばならんのか。調和の美しさを維持するために、どす黒い礎が居るとすれば、それは総体として、本当に美しいと評されるべき世界なのか。

畢竟するところ世界に幸も不幸もない。たゞそこに蓋然と存在し、ある一つの事象を捉えて、人が勝手に良かったとか悪かったとか評価しているのであろう。人を不幸にしているつもりで、実は相手が嬉しく思っているかも知れない。人の喜びなど天の知らぬ所であって、あゝ、たかだが個々の幸か不幸にかゝずらって生きていくことのさもしさよ、天命を知って何になる。

今、楽しいならば、それで好しとするが良い。

今、天が平穏ならば、それを天の役目とするが良い。


制作・著作/香倉外骨  2009/02/02初出
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