積ん読の中から「ヴァンパイヤー
ずっと初期、それはたゞ楽しさだけが感情を支配する。ピアノが音を発するだけで満足し、たゞ世界に挨拶するだけのプログラムに興奮する。だけどそんな時代は星の瞬きよりも儚い。
やがて計画を立てられるようになる。あゝしようこうしようと悩み、設計図を描き、構想は果てしなく、思春期に入った少女の乳房の如く、膨らみ続ける。胸は期待に溢れ、箸が転んでもおかしい年頃、もう夢中で思惑するし、この頃になれば実現するだけの技術も得ているのである。
立派な構想、緻密な設計、これが整えば作品は殆ど完成したと云って良い、少なくとも脳内には既に出来上がっている。がそこから先、実装の段階は、なるほど技術的には可能であろう、しかし凡そ退屈で長い労働に挫折する。設計図通りに組み立てゝ行くだけなんて、たゞ時間だけが食われる下働き、構想通りに動いて当たり前、ならば思うように成らない時の不満と云ったら! 義務か使命か、殆ど後始末のように作業が続く。
そうだな、子を作ろうとは夢に思わぬのに、辞典やらを片手に子の名前を考える、のは楽しい。名付け行為の魅力、こんな名前が素的だなと馳せるだけで、楽しい、たぶん自分の名前は特別であるべきなのに、耳慣れすぎてありふれて聞こえる、この不満の破壊こそ。
総領の娘は我が家を席巻し、全ての権利を手中に収めた。何故なら丸い顔は不憫な程に可愛く、無垢な泣き声が全てに許しを与えてしまう。母乳をまさぐる小さな唇も、哺乳壜に
ところが現実はどうだ。悪い友達と夜遅くまでどこぞでほっつき周り、へその所にピアス、タトゥーとか云って奇妙な紋様を彫りつけて、果ては電話があれば警察からと来たもんだ。これで行く所まで行ったかと変な安心を感じていたら、子供が出来た、と追い打ち。思考は停止して、もう何をどうしたら良いのか、分からなくなる。
タングステンは鉛の五割も重い。水より軽いはずの体が、溶けたタングステンの海に沈むは、娘十七歳の、春。
死に瀕したのか、過去の記憶が
幼い頃、あらゆる物は壊れやすく、たった
この星系に君臨する太陽も、遙かで煌めく恒星も、自重に押しつぶされる原子の
けれど本当は
重金属の波に飲まれつゝ、見た所娘と同年ぐらいの妖精を目にした。うん、妖精? 或いは悪魔、天使、食を求める妖怪、魂の果てた精霊、弾圧された魔女、恐ろしい般若、人に似ているが人とは異なる
険しい表情の儘の雪女は、涙を
知らない、若しくは忘れてしまった、ひどく仕合わせで、同時に残酷な……。
女はどちらを望むのだろう、思い出して欲しいのか、忘れてしまった現在か。たとい忌まわしい記憶を
詮ずるに我らは一粒の麦には
本当は何を望んでいたのか、ぬくもりが欲しいと云っていながら、強く抱きしめられた所で、果たして満足していたか。つまり、
音が堆積して和声を奏でる。思い出が連なって旋律を描く。十七歳の瞳から雫が垂れて大地に広がった。重い石に縁取られた妖精が熔けてゆく、哀しくも恋しい、美しく幼い歌に——。
制作・著作/香倉外骨
2005/04/21初出
無断転載を禁じます。リンクはご自由にどうぞ。
Copyright © 2005 Kagura Gaikotsu. All rights reserved.