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獣を逐う者は目に太山を見ず

一、虚構

今日の昼に、報告があった。例の一件に決着が着いたと。

思えば、こゝ一週間のごたごたは、ひとえに余の追い込みの所為であったと云えるかも知れない。即ち例の一件に衝撃を受け、ならば拾月の末日までに正せと命じたが故に。

それこそ余の勝手であった。傲慢であった。強引であった。余が、彼を追い詰め、苦しめてしまったとしたら、なんと非道ひどいことをしたことだろう。

虚構に溺れることが、時として幸福となり、或いは寧ろ人間らしいことであるというのならば、いっそ……。

二、天使

この人と、一緒に生きる。

世界が僕たちの敵になろうと、地球上でたった二人きりになろうと、両親が反対しても、世間が許さなくても、会社に居られなくなっても、この気持ちに嘘はつけない。それが生きるということ。

即ち、君と一緒になるということ。

そう信じておったのに、確かに正しかったのに、いつしかそれが不安となり、負担となり、互いを支え合うどころか、重荷に潰されながら、いたわりという名の責め合いに変貌する。

どうしてあなたは私なんかと一緒に居てくれる。私の為に真剣になってくれる。ひょっとすると私が居る所為で自由を奪われているのではないの?

だから何だって云うのだ。確かに不自由になったかも知れない。人生を台無しにされたと云っても云い過ぎではあるまい。だから何だって云うのだ。それが一緒になるということ、あの時にそう誓ってしまったのだ。今さら何を迷う必要があろうか。

二つの人生を一つに集約した。どこかに制約が生まれる。必ず無理が生じる。失うもの、置いて来たもの、たくさん在った。だが一緒に居なければならない理由が在ったと、今でも信じている。それが生きるということゝ。

三、獣

朝。寝足りぬ眼を強烈な太陽が照らしてくる。川向こうでは少年たちが野球の練習をしている。

一人が自転車で、一人が徒歩で、君が右に、僕が左に、ホテルを後にする。土曜の朝一番に背広姿で家へと歩く姿は、さも異界より来訪者の如く、ナンセンスな行動であったであろう。

即ち昨夜から全てがナンセンスな行動であったのだろうよ。或いはそう思いたいだけなのか。

求め、求め合い、求められるまゝ、たゞその目を見ることすらできず、奪い、奪い合い、奪われるまゝ、好きなのかと問わたところで「嫌いじゃない」としか応えず、傷つけ、傷つけ合い、苦しめるまゝ、朝が来る。朝が来て獣は去る。

四、隠し事

言い訳をするのはいつだって簡単で、酒に酔っていたとか、雰囲気に流されたとか、もっと云えば単に誘われたゞけだとか、何とでも云える。けれど解決は簡単ではない。

気持ちを伝えることは簡単で、要するにそれは押し付けているだけなのだが、思うように叫んで、勝手に満足していれば良いのである。相手がどう思おうなんて関係ない。たゞひたすら一途にこの思いの丈を云い張って、一歩も譲らぬ姿勢を貫けば充分である。

好きか嫌いか尋ねることは簡単で、そんなものは聴くまでもなく、好きだということがありありと見えている。言葉で確認することは一種の儀式に過ぎない。ひょっとするとこの質問は、自問に過ぎないのではないかと、少しずつ気づき始める。

素っ裸になって、体液を垂らして、全てをさらけ出した気になっている。肉体が一つになって、気持ちよくなって、よがる顔を見ながら射精して満足している。たゞ二点間の距離が縮まったという客観的事象でもって、全て分かり合ったように思っているのである。

何も分かっちゃいないのに、何も伝えちゃいなのに、何も、何も、自分の気持ちすら、分かっちゃいない、伝えることなんて、できるはずがない、自分ですら、分からないんだから!

五、真実

秋の夜風が冷たい。日ごとに夜の長くなり、つれて酒精に溺れる日が増える。

こうやって体を温めても、やっぱり足元が冷える。

全ての感情に現実味がなかったとしても、体の震えだけは真実である。心の痛みに耐えようとも、凍える体は酒精でもっても太刀打ちできぬ。

結局は身体の感じる所が心に影響する。肉体の欲望が精神を支配する。幾ら美麗なる言葉で着飾った所で変えられぬ真実。

一緒に居たいということゝ、一緒に在り続けたいということは、異なる。

しからば言い訳など、隠し事など、そもそも無用の長物であった。

これで良い。これで構わない。一緒に生きる必要などない。そんな物は嘘だ。そんな言葉は偽りだ。株価だって暴落する。銀行だって倒産する。軍人だって人助けする。警察だって人殺しする。これで悪いのか。これで差し支えるのか。

何もかも価値を失い、何もかも意味を失う。

あゝ、どこまで行けば、真実に辿り着けると……。


制作・著作/香倉外骨  2008/11/03初出
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